アレクサンドル・タンスマンは、松平頼則に最も影響を与えた作曲家のひとりである。演奏会の標題「タンスマンへの感謝と抉別」とは松平の言葉だ(松平頼則「アレクサンドル・タンスマン:現代作曲家研究」音楽芸術 1950年5月号)。松平は1950年4月に、タンスマンへの感謝を込めた前述の論文を発表し、その末尾にタンスマンの影響から脱する宣言を記した。そして、その年の7月から9月にかけて作曲されたのが『ピアノと管弦楽のための主題と変奏』であった。
【カラヤンが指揮をした唯一の日本の作品】
松平頼則は、1907(明治40)年東京に生れた。彼は日本の前衛的な作曲家の先達として、フランス近代音楽と、日本の東北民謡、古今集、雅楽を基に独自の音楽語法を見出して、先鋭的な作曲技法を取込みながら主に海外での評価を高め、90歳を越えてもなお作曲活動を続けて独自の境地を切り拓いた人物である。
松平の"越天楽"を素材とした『ピアノと管弦楽のための主題と変奏』は、20世紀の偉大な指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮をした唯一の日本の作品である。第26回ISCM音楽祭に入選したこの作品はザルツブルグで初演されて、松平の実質的な海外デビューとなった。
日本で最初にこの作品を演奏したピアニストは、高良芳枝である。指揮者の野平一郎は、この高良芳枝の弟子であり、ナクソス・レーベルに『ピアノと管弦楽のための主題と変奏』を録音している。今回の演奏会のピアノ独奏者・秋山友貴は、野平一郎の作曲の弟子であり、出演は野平の強力な推薦によるものである。演奏を心待ちにしたい。
【タンスマンのオーケストラ作品の再評価】
1897(明治30)年ポーランドに生れたタンスマン(後にフランス国籍)は、1933(昭和8)年に来日して演奏会や講演を行い、当時の日本の作曲家たちに大きな影響を与えた。(1950年代になってからも、芥川也寸志がタンスマンの影響を受けている。)松平頼則は、タンスマンについてロマン=マニュエルの言葉を引用しながら、「疑いもなく現代の最も優れた作曲家。ロマン的であり、洗練された感覚と知性の錬金術師」とし、更にタンスマンの『交響曲[第2番]イ短調』については、「この作品は彼の美しい抒情性と深い音楽性との結晶による最高の芸術作品との定評がある」と述べている。
2000年代の後半になって、タンスマンの交響曲やオーケストラ作品が連続的に録音されてCD発売された。指揮は、イーゴリ・マルケヴィッチの息子で東京都交響楽団へも度々客演しているオレグ・カエターニで、演奏はメルボルン交響楽団だ。2018年1月には、サー・サイモン・ラトルがロンドン交響楽団を指揮して、亡命の作曲家たちと題してバルトーク、ストラヴィンスキーなどと共にタンスマンを取りあげている。
【このチャンスを逃すな!!】
今回、交響曲[第2番]イ短調は日本では85年ぶりの再演であり、『フレスコバルディの主題による変奏曲』管弦楽版はこの演奏会のために譜面を捜索した結果、初演したアメリカのセントルイス交響楽団のライブラリーに保管されていることがわかり、日本初演となる。
松平とタンスマンを一緒に取りあげるこの演奏会を聴くことは、数十年にいちどの希な機会と言ってよい。