作曲家・野平一郎が振る「アカデミズムの系譜」

『二十世紀のフランスでは、感覚的存在である音を如何に合理的に操るか、その職人芸の修練が高度に整備された。〜中略〜(池内友次郎は)その音楽の根本理解を若い世代に伝えた。観念論に振り回されがちな日本の作曲を大地にしっかりと根づかせる、良い意味でのアカデミズムの大元締めとなられたわけである。戦後の日本の作曲の技術水準の大きなベースアップは、これなくしてはありえなかったであろう。幸いこの伝統は、東京藝大で矢代秋雄、野田暉行によって定着し、他の大学でも、三善晃(桐朋)、島岡譲(国立)、貴島清彦(日大)、宍戸睦郎(洗足)、石井歓(愛知県立)、広瀬量平(京都市立)とひろく継承されて、日本の作曲界発展のもととなっている。』池内友次郎の業績について、別宮貞雄はこのように述べました。(朝日新聞 1991年3月14日)

一方で池内友次郎は、1976年に逝去した矢代秋雄を偲んだ文章の中で、次のように述べています。『パリのコンセルヴァトワールの音楽書式の教義を最初に日本にもたらしたのは私であるが、それを引きつづき踏襲して芸大に植えつけたのは矢代君である。もちろん矢代君独りではない。矢代君のすこし先輩の島岡譲君も大きな功績を立ててくれた。その後、野田暉行君あたりが中心になってこの道は着実に延びて行くのであるが、これまでに矢代君が残した足跡はまことに貴重なものである。』(音楽芸術 1976年6月号)

今回の演奏会は、池内友次郎を祖として音楽書式の教義を伝え、作曲の教育を担ってきた作曲家、教育者たちの管弦楽作品を、現在、東京藝術大学の作曲科で教鞭を執る野平一郎が指揮する企画です。

チェリストの性格によって音楽的な姿が大きく異なってくる作品と言われ、また音楽と書式の理想的統一感によって高い評価を得ている矢代秋雄のチェロ協奏曲を、オーケストラ・アンサンブル金沢の首席奏者を長年にわたって務め、指揮者・岩城宏之が敬愛したチェロ奏者・ルドヴィート・カンタが演奏します。日本の祭礼囃子(組曲)を、西洋のバロック組曲と対比させた楽曲構成による貴島清彦の作品、そして島岡譲、野田暉行、両氏の最初期の鮮烈な作品が演奏されることは、注目に値します。

作曲の教育に携わる作曲家たちは、池内友次郎が言うところの音楽書式の教義が連綿と受け継がれている感覚を持っているようです。そこに受け継がれているものは、何なのか?日本音楽史を切り開き、作曲の教育に尽力した作曲家たちによる、実り豊かな作品の響きの中に身を置いて、"アカデミズムの系譜"について思いを巡らせてみませんか。