山田一雄没後20周年記念/交響作品展プログラムノート補遺
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≪はじめに 演奏会プログラム解説には書けなかったこと 私的山田一雄像≫
加藤周一の「雑種文化」や内田樹の「日本辺境論」など、言語をはじめとして諸外国からの文化を採り入れて独自の文化に変容させる日本文化の特性を論じた優れた日本文化論は数多くある。
オーケストラ・ニッポニカは、設立以来日本の管弦楽作品を約90作品、演奏体験してきた。団員の中には150作品を超える体験をしているものが、数多くいる。
山田一雄の作品は、とてもユニークだ。
作曲家は、己の作品が先達の作品に似る事や模倣となることを恐れ、評論家は、他にない独自な音楽や響きを価値あるものとみなして論陣を張り、生業としていている。芸術作品の価値は「個性」にありユニークなものにこそ高い価値があるとの論は、珍しいものを植民地その他から集めて博物館を作り、動物園を作り、万国博覧会を開催した、ロマン的で強烈な18、19世紀の欧米文化の産物であると思う。(しかし、それは人間本来の欲とも強く結び付く。)
 日本の作曲家の多くは、作曲の「個性の源」を「個」(己の個性)、「血」(民族や民俗)、「地」(日本や地域、地方の風土、民謡、気質など)、「知」(思想や宗教など)や「音楽技法」(五音階、日本的和声理論の構築、十二音技法、前衛的音楽語法など)などに求めた。
このような作曲文化の風土において、山田一雄の作曲態度は大胆であるように思われる。どの作品も、近代音楽の何かの作品を必ず下敷きにしている。これは、エピゴーネン(模倣者)ではなく、確固とした作曲家の姿勢である。

「若者のうたへる歌」は、R.シュトラウス。冒頭6小節目の激しいティンパニは、「ドン・ファン」を、練習番号17番あたりの弦楽器の13度、3オクターブの跳躍や、頻繁に出現するスケールは「ツァラツストラ」を連想させる。そうしてみると、アングレやサックスで奏でられる若者の歌は「ドン・ファン」のオーボエの歌にも聴こえなくはない。山田は、G.マーラーの直系の弟子であるクラウス・プリングスハイムに師事した。プリングスハイムは、ドイツ国内の歌劇場の音楽監督を歴任し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振って世界最初のマーラー・チクルスに挑んだ指揮者であり、作曲家であった。残念ながら、第八番と第九番の公演は実現できなかった。このプリングスハイムが青年期に最も影響を受けた作曲がR.シュトラウスであった。
「呪縛」は、I.ストラヴィンスキーである。「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」などが、聴こえる。
「もう直き春になるだらう」は、吉田秀和がその著作の中ではっきりと言及しているように、ドビュッシーの「小組曲」の終曲のエコーが明確に聴こえる。加えてA.モーツァルトのK.136など。
「日本の歌」は、M.ラヴェル。 「おほむたから」は、G.マーラー。 「交響的木曾」は、田中良和マエストロもおっしゃっているように、前半はM.ラヴェルの「マ・メール・ロア」だ。
だが今回演奏する山田一雄の作品は、山田一雄の人物像とピッタリ重なり、山田以外の人物(作曲家)には作曲できない作品であると強く感じる。

「おほむたから」はマーラー交響曲第五番の第一楽章と第二楽章が基盤となっている。また、マーラーの五番の第一楽章はベートーヴェンの交響曲第五番の第一楽章の"運命の動機"、マーラーの交響曲第二番「復活」の冒頭はベートーヴェン交響曲第二番の第一主題、マーラーの交響曲第一番「巨人」の全楽章に登場する4度音程のテーマはベートーヴェンの交響曲第九番の全楽章に登場する5度音程を、下敷きにしている。
この事実を、山田が知らなかったはずはないし、意識しないはずはない。
『われわれは他の優れた作家たちから影響されることを少しもこ恐れる必要はない。むしろ、みずから進んでその影響をうけることも、ある場合には必要だ。たとえみずがら意識しなくとも、そこに生まれてくるものは、やはり「自己」のものだ。他の作家の影響をうけることによって、自己を失うことを恐れるもののごときは、個性の貧弱な、いやしくも芸術家たる資格のないものだ』と看破したのは、山田一雄の5歳上の作曲家深井史郎であった。
若かりし山田一雄が「パロディ的な四楽章」を書いた深井史郎と小倉朗その他と共に楽団「プロメテ」を設立し、行動を共にしたことも、これで大いに納得できよう。
山田一雄は、深井史郎に連なる作曲家である。

注)この解説を執筆するにあたっては、リハーサル期間中にオーケストラ・ニッポニカの団員たちがリハーサル後の酒宴の席などで山田作品について語った考えや、門倉百合子さん(Vla)による第一次資料を中心とした綿密な調査などを参考にしました。
また、下記ブログにこの演奏会に関連する多面的な情報や思いが掲載されています。ぜひ一度ご覧ください。
ブログ名:ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ
                          奥平 一